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音大生のリアル〜私の入試の話〜

最終更新: 1月24日



最近寒すぎて、レッスンで指が動かず一発目の演奏がグダグダな私です。

大学三年生になって就活と試験の練習の両立がうまくいかず苦しんでいますが、入試に比べたらマシだなぁと感じます。

入試ってなんであんなに辛かったんだろう、、、。

高校に入ってからもともとお豆腐メンタル、自己肯定感皆無だったのもあるのですが、本番になるとネガティブになって自滅するのが習慣化してスランプに陥っていました。

そんななか、気がついたら受験生となっていたのです。

今日は受験日のリアルな体験談をお話ししていこうと思います。


受験の日程

試験前日

試験一日目

試験二日目

試験三日目

試験四日目

試験五日目

合格発表の日

最後に


受験の日程

私の大学は5日間に渡って入試が行われるのです。

前半3日が実技試験(そのうち実際に受けるのは2日だけ)

後半2日が筆記試験

といった感じでした。

課題曲はベートーヴェンのソナタ、バッハ平均律&ショパンエチュードでした。


実技の日程は試験前日の15時に発表されました。これがかなりのストレスでした。

3日間のうち前半2日か、後半2日かギリギリまでわからないとかイジメでしょ。。。

エチュード・バッハが先か、ソナタが先かもわからなくて今よりもさらに心配性で心の準備が何重にも必要な私にとっては苦しかったです。

でも、私は新幹線で通える距離だったので、ギリギリまでおうちの自分のピアノで練習できたのは救いでしたね。


試験前日

朝からピアノとにらめっこ。

15時までは「明日試験なんだ 今日やるべきことをやりきるんだ!」とひたすら丁寧にさらっていました。

志望校に合格するという目標は小学生の頃から掲げていたものだったので人生の終着点のようなものでした。(そういう受験観だったので入学してからの喪失感がすごかったです。)

これは自分の人生で一番努力し、失敗できないものでした。また本番でうまくいかないスランプ時代だったので余計に苦しかったのです。


待ちに待った15時 学校のサイトで日程が発表されました。

3日のうち後半2日に行われ、そのうち1日目朝一にバッハ・エチュード、2日目最終時間にソナタといった日程でした。


ここで私が思ったこと↓

え?もう一日練習しないといけないの?無理なんだけど。。。

ここに来るまでで毎日120%以上の練習をしていました。

前日はもう明日弾くぞ!早く終わって欲しいと思っていたのでまだやらんとあかんのかい!というのが辛かったです。

でもそこで力を抜いたことによって本番失敗することがあったら困ると思っていたので全力で取り組みました。

寝る前にふらふらになるまで湯船に浸かり、その疲れを利用して寝ました。

(そうしないと緊張でねれないので)


試験一日目

1日目とはいえど実技試験は次の日なのでひたすらおうちで練習していました。

これでもかというくらいたくさんゆっくり練習をして、今までの中で一番集中力が持続できた日なんじゃないかなって思うくらい黙黙とピアノに向かっていました。

次の日はバッハの平均律とショパンエチュードだったのでその二つを重点的にやりました。

エチュードはもう練習してもあまり変わらないので心配で苦手だったバッハを声部ごと細かく練習したのを覚えています。(バッハ特有の緊張感が苦手です。聞いたり分析する分には楽しくて好きですよ。)



試験二日目

すごく寒い日でした。すごくすごく寒かったんですよ(大事なので二回)

試験は9:30開始でした。


私の演奏順は2番目


いや。きつすぎるでしょ。 

会場もピアノも全然温まっていないのに、エチュード弾かなきゃならないなんてイジメだよぉぉ無理だよぉぉおぉぉぉぉぉぉおぉぉおぉっと叫びたかったです。

次の日に向けて練習時間がたっぷりあるね、よかったじゃん!と思うことにしました。


校舎の中で一番広く分厚い扉のくせに前の人の演奏が聞こえて来るんです。

前の彼女がねすごく上手いんです。でも明らかに焦ってめちゃくちゃ速い、たまに崩れかけそうなエチュードがわずかながら聞こえてきて私の心拍数を加速させるんです。

同じ大学を目指す友(面識なし)として 落ち着いて!頑張ってとなぜか応援していました。

(入学してから彼女の演奏を改めて聞きましたが、やっぱりパワーがあってうまかったです。)


自分の順番は一瞬で回ってきました。なにせ2番目ですからね。

お部屋に入ると、知っている先生がいて穏やかな顔に癒されました。

私の師匠は他のお部屋で審査をしていたようです。


私はショパンエチュードから弾き始めました。

心臓の脈打つ速さが速すぎていつも以上にアップテンポで演奏し始めてしまったんです。

『うぉぉぉぉおおおおおおおお左手止まらないでくれぇぇぃぃいいい』

と死にそうになりながら弾いていたら「チン」と終了のベルが鳴らされました。

想像よりも速いところで安堵しました。

『止めてくれてありがとう。そろそろ死にそうだったんだよ』

と思い次の曲に気持ちを切り替えました。

2曲目のエチュードは一曲目の反省を生かし落ち着いて弾けました。

さあ最後のバッハです。

死ぬほど苦手です。レッスンでもいつも緊張してギリギリな演奏でした。

弾き始めは最高でした。試験会場の良いピアノの音と相まっていい感じだったのです。

ゾーンに入りかけたその時です。

左手1小節分丸々抜けました。

『ああああああああああああああああ死んだああああああ』

パニックでした。瞬時に立ちなおしましたが、まだ後半があるのです。

『私、残り弾ききれないかもしれない。もう一回同じことがあったら次は止まっちゃうかもしれない。浪人はいやだぁぁぁぁああああああああああああ

泣きそうになりながら持ちこたえ最後まで弾ききりました。まさに火事場の馬鹿力でした。

落ちることはもちろん最悪ですが、浪人してもう一回練習し直すのが耐えられないと考えていたので受験はこれ一回きりにしたい!!!と強い意志のおかげで乗り切れました。

汗と息切れで顔が真っ赤になって退室したのが懐かしいです。

退室した途端、ミスの重さに血の気が一気になくなって青ざめたんですけどね。


試験後、母の待つスタバに急いで向かいました。

「ママン、あーこやってしまった。あかんかった。落ちたわ。バッハ左手どっかいってしまった。」

その言葉を聞かされた母へ ごめんね 大げさだったよ


「明日ベートーヴェンで取り戻したらええやん」

と帰り道ずっと励まし続けてくれた母には感謝しかないです。


帰りの新幹線に乗って30分経ったくらいに師匠からメールがきたんです。

{〇〇先生から演奏よかったですよと聞きました。バッハで事故があったようですが。あしたも頑張ってください}

このメールに救われました。顔見知りの先生が師匠に演奏の様子を伝えてくれたんです。

まじでやばかったらこんなメールしてこないよと気持ちを入れ替えました。


帰ってからは次の日に向けてまたピアノの部屋にこもりました。

ですが、本当の地獄はここからでした。

練習すればするほど、バッハの失敗が思い出されるのです。

『あんなに練習したのにミスをした。120%とは? この和音を本番でふと忘れてしまうかもしれない。』

ネガティブな感情が溢れて物理的に涙となって溢れてくるんです。

精神的におかしくなってましたね、あれは。

母がどんな言葉をかけても私が練習をやめず、瞬きせずに泣きながら弾いていたらやばいでしょ笑

鍵盤の場所に意識して弾きすぎてゲシュタルト崩壊しちゃってどこに指をおいたら、楽譜の和音がなるのかわからなくなっちゃったんです。

夜になって不安がこみ上げて余計にねれなくて苦しかったです。

いつ寝たんだろう。思い出せない。


試験三日目

集合の時間は12時くらいだったと思います。しっかり朝ごはんを食べて(無理やり詰め込んで)前日よりも遅めの電車で会場に向かいました。

移動の間もひたすら頭の中で左手だけを心の中で声に出して音階で歌い、頭の中で明確に楽譜を想像するということをしていました。それができないところは楽譜を見て確認したまたそれを繰り返すと言った感じでした。

会場に早く着きすぎて1時間以上も待ち時間があったのです。お昼ということもあって同じ待ち時間の教室で何人かのお腹の音が聞こえてちょっと和みました。


二日目は演奏順が一番最後だったんです。部屋に入った瞬間先生のほとんどが疲れ切っていている様子でした。一番端っこの先生なんて座り方ひどかった笑


さあ演奏の時間です。

『ベーゼンドルファーちゃん待っていたよ』

私の大学ではおなじみベーゼンドルファーが待っていました。これがまた弾きにくいんです。音は飛んでくれない、鍵盤が浅い、中心の位置が違う(黒鍵が多いため)と言ったマイナスポイント多すぎる。

事前に聞いていたので、地元のホールでベーゼンで練習していたので、自分がどう弾けばより音を響かせられるかをある程度研究していたので落ち着いて望めました。

持ち込んだハンカチで左の黒鍵を隠し、いつものピアノだと思うようにして演奏しました。

(今年の前期試験で視覚的に惑わされ1オクターブ左手の位置を間違えました。)


私の選んだ曲は長調でテンポも曲調も穏やかだったので落ち着いて演奏ができました。

また、古典ということもありベーゼンの音にとっても合っていたなと感じました。

すごく緊張していたのに、すごく落ち着いて弾けたんです。

前日に不安だと感じていた部分を通り過ぎたあたりから、その場の演奏を楽しむ余裕ができてきてだんだん自分でコントロールが効くようになったのです。

最後の楽章 

『なんて綺麗な曲なんだろう。心が救われる』

楽しくて仕方なかったです。特徴的な左手のリズムの上に、右手の音が優雅に落ちてくるのが、それはもう美しくてたまらなかったです。

そうこうしているうちにベルが鳴らされ演奏が終わりました。

今までで一番うまく演奏できたのでした。

スッキリした気持ちで学校を出た瞬間に母に電話をかけました。

急に電話してきたので、母はうまくいかなかったと思ってすごく不安になったようです。

ごめんね。。。

帰りは東京駅のPAULで大好きなパルミエを買って帰りました。


試験四日目

この日は聴音と新曲視唱の試験でした。

10時30分からだったのでゆっくり起きてから向かいました。

特に予習することもないのでなるようになる!と思って会場に向かいました。

聴音は先生の癖がすごかった。

4声体の聴音が先生音楽的に弾きすぎて聴きにくかったです笑

開離の問題で一音目のバスとテノールが1オクターブだったんです。

『え。テノールどこ?』

と不安になりましたよ。一音目だったので横からの流れで聴いて確認できない分どきっとしましたが2回目でちゃんと拾えたのでよかったです。

新曲視唱は私には完璧は不可能なのでNot too badぐらいに歌えればOKって感じでした。


その日は午後までで、次の日は朝一だったので東京で一泊しました。

ずっと見たかったグレイテストショーマンを見に行きました。

OPから号泣してしまいました。(全くなく内容じゃないですよ)

最初の足踏みから始まる音楽の躍動感に心が震えました。

この一ヶ月音楽に全てを捧げてきた私にとって、音楽なしでは自分は存在しないと思えるくらいに音楽が占めていた分、あのOPで音楽ってこうあるべきと感動が止まらなかったのです。心が震えるあの感覚は忘れられないです。終始泣いていました。音楽やっていてよかったなと思いました。スランプ続きで自己肯定感皆無の私は、ハンデを持った彼らがそれを感じさせない自分らしさを表現している姿を見て、自分と重ねて涙が止まらなかったんです。

夜はお蕎麦やさんでうどんを食べました。



試験五日目

楽典と一般科目の試験でした。

形だけの試験と言われていたので何も心配していなかったです。

英語も国語もこんなペラペラ一枚だけでいいんですか???

というくらい簡単でしたし、わからない問題もなかったです。


楽典は1問ミスだったかな?うっかりミスですごく悔しかったのを覚えています。

私の大学の楽典てただ問われるんじゃなくて応用問題ばかりで楽しいんです。

より音楽的で実践的な感じ。個性的で苦手な人は苦手らしいのですが、私はむしろワクワクしてました。変態でしたね笑


全ての試験を終えて母と銀座に向かってお買い物をしに行きました。母の好きなブランドで人生初のマイジュエリーを買ってもらいました。まだピアス空いてなかったのにピアスを購入。今でもお気に入りです。(高校卒業式終わりすぐに開けに行きました笑)

帰ったら爆睡でした。5日間長いようであっという間でしたね。


合格発表の日

試験4日後の16時00分に発表でした。

『いや、朝にしてくれよ』と悶々としていました。

時計の針が全然進まない。

気晴らしに散歩に行くも時間が進まず。。。。まだ14時じゃん。。。

一番秒針が遅く感じたのは16時10分前あたりですね。

『バッハでミスしなければこんなハラハラしないのに』

16時同時にサイトの更新マークを押すも、なかなか開かない。

『ああああああああ 見たくない いやだああああああ』

恐る恐る自分の番号を探しました。

『あった。。。よかった ああああああああ』

と心の中で叫んでしましたが、

「あったよ まあ落ちることないって言われてたし。バッハも大丈夫だったって言われてたし心配しすぎてたね」

と何もなかったかのように母親にどやりました。

「あんなにビビってたくせに。ほんま心配してんで。まま様に何おごってくれるん?」

と即座にいつも通りの母のジョークが。

今までの努力が報われていま死んでも後悔しないと思えるくらい嬉しかったですね。

その日は音楽教室の日だったので急いでお教室に向かいました。合格したら来てねと言われていたのでいい結果報告にいけてよかったです。

受験前1対1で毎週、聴音と視唱を特訓してくださった先生には感謝しきれません。

少女のように可愛らしく、厳しさと優しさを兼ね備えた先生が大好きだったので、音楽教室を卒業するのはとても悲しかったです。小学5年生から通い始めた大学付属の音楽教室。当初は同じ学年が5人もいたのに、受験まで残ったのは私だけでした。(もともとすごく少人数のお教室でした。)

みんな私よりもピアノが上手くて、聴音も視唱もできるのに音楽の道を諦めて勉強の道へ行ってしまったのです。音楽って将来を考えるとやめてしまう人が多いのです。

そんな中でも音楽を選んだ私はもっと音楽と向き合わなきゃいけないなと感じた瞬間でした。音楽を選べる自由があったのだと。


最後に

受験は音楽人生において一番努力し、それに伴った大きな成長をする機会だったと思います。

それまでももちろん日々練習は欠かさず頑張っていましたが、受験をするにあたって、まだ自分はできたんだということを自覚するのです。人から教わるのではなく自己成長できるいい機会です。

ですが、受験は音楽人生の通過点に過ぎません。

私は合格することが目標だったので、入学してから何をどう頑張ったらいいのかわからなくなりました。ただ闇雲に練習して上手くならなければと焦って、自分はなんのために音楽をやっているのか分からない日々でした。周りはみんなうまいし、敵わない人ばかりの環境で自分が音楽やって何になるんだ?入学して一年目は周りと自分を比べて上手くならなくてはいけないと思いながら作業のようにピアノを練習して、ろくに食事もせず体調を崩し、ピアノやめたい、死にたいとまで思っていました。この時期は母とすれ違うことも多くて、一人暮らしで余計に連絡も取らなくなり孤独でいっぱいでした。もともと友達をたくさん作るタイプではない私は打ち明けられる友人もおらず必死に生きていました。

そんな私が言いたいのは、入学して早々LINE交換しただけの相手は友達ではない。きっと一年後には話してない。

2年生になってやっと友達など人間関係が確立していきます。

1年のうちの友達はただ授業で一緒の意見交換仲間とでも思っておきましょう。

2年でもしっかり交流があればそれが友達です。













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